清景書道教室で書を学んでくださっている、寺田真理さん。以前ご自身のブログでレインボー般若心経についての想いを綴ってくださっていました。
その文章がとても素直で、私自身も「作品を届けるとはこういうことか」と改めて気づかされる内容だったので、寺田さんにご了解をいただき、こちらでご紹介させていただきます。
墨の色から、色墨の世界へ|レインボー般若心経誕生の背景
寺田さんは数年ほど書に親しんでこられた方ですが、書の世界は白と黒。墨の濃淡で表現するのが当たり前だ、と自然に思っていらしたそうです。
水墨画も墨一色の濃淡で世界を描きます。それが書という表現の前提だ、と。
そのなかで、レインボー般若心経に出会われたときのことを、寺田さんはこう書いてくださっていました。
絵画のような墨色の世界に驚きつつも惹き込まれました。
レインボー般若心経は、パリでの展示会に向けて色墨で般若心経を書き始めたことがきっかけで生まれた作品群です。書の伝統のなかにいらした方ほど、はじめにご覧になると驚かれることが多いのですが、寺田さんもまさにその一人でした。
驚きの中で「惹き込まれた」と感じていただけたことが、私にとってはとても嬉しい言葉でした。
「この色は、どこから来ているのか」という疑問
寺田さんが不思議に思っていらしたのは、色の選び方だったそうです。
ある展示会で、ピンクと赤を大胆に使った作品をご覧になり、「この色合いは、どこから発想を得るんだろう」と、ずっと疑問を抱えていたと綴られていました。
その問いが、あるとき、思いがけない場面でほどけたそうです。
ふとインスタグラムを開いたときに、鮮やかなピンクと赤の羽をもった小鳥の写真が目に飛び込んできて、「あの作品の色と同じだ」と気づかれた。
寺田さんはそれを、「パズルのピースがピタッと一致した」と書いてくださっていました。
作品の色は、地球が生み出す色
私自身、作品の色を「こう見せたい」と設計して選んでいる感覚はあまりありません。書きたい響きに導かれて筆を選び、紙を選び、色墨を選んでいく。そのなかで、自然に落ち着くところに色が落ち着いていきます。
寺田さんはそれを、「地球が生み出す色合いと同じ」と言葉にしてくださいました。
南国の鳥や、色鮮やかな花々。ヨーロッパの高原に咲く可憐な花。ベランダに舞い降りる小鳥。散歩の途中で出会う蝶。そういった、もともと世界にある色を、書という形で写し取っているだけなのかもしれない。寺田さんの文章を読ませていただいて、私自身が改めてそう思わせていただきました。
作品の前で「なぜこの色なんだろう」と足を止めてくださったからこそ、こういう気づきが向こうから訪れる。作品と丁寧に向き合ってくださる方がいらっしゃること自体が、書き手にとっては大きな励みです。
「ただ眺める」という向き合い方
もうひとつ、心に残ったのは、寺田さんが展示会場で感じてくださった心地よさについてのくだりでした。
般若心経はお経ですから、意味を理解しなければならない、正しく味わわなければならない、と身構えてしまう方が多くいらっしゃいます。
けれど寺田さんは、こう書いてくださっていました。
書いてあるものをどう理解しないといけないか、とか、般若心経だからこのように理解しなければいけない、ということは一切不要だと気付きました。何も考えずに眺めているだけで良い空間がある。
これはまさに、私がレインボー般若心経を通してお伝えしたいと願っていることそのものでした。
経文としての意味は、いずれ、その方のタイミングで自然に立ち上がってきます。それまでは、ただ色と線を眺めていてくださって構いません。眺めているうちに、心のほうがゆるんでいく。そういう時間を、作品と一緒に過ごしていただけたら本望です。
正しく味わおうとしなくていいのです。正しさから離れたところに、心地よい空間は生まれます。
作品が、暮らしに馴染むということ
寺田さんはご自宅にも作品を迎えてくださっていて、ご自分のための作品と、お母さまへ贈る予定の黄色い枠の一点。ご本人が「金時いもさん」と名付けてくださった作品があるそうです。
そのくだりで、私がいちばんありがたく受け取ったのが、こちらの言葉でした。
人が手がけるものは、その方の意思が強いと、部屋に置いた時にノイズのように自己主張する時があります。そうなると部屋に置けないです。疲れます。でも、清景さんの作品はどこに置いても「自然に」馴染みます。
作品を書くとき、私は「自分を出す」というよりも、「自分を通して、その筆致・色・紙が生きるようにする」という感覚に近いのだと思います。
作品の意思が強すぎると、確かにお部屋のなかで居場所を主張してしまいます。そうなると、置いてくださる方が疲れてしまう。それは、日々そばに置いて眺めていただく作品としては、望ましいあり方ではないと私は感じています。
寺田さんが「毎日眺めていても新鮮な気持ちになる」「部屋に穏やかな時間が流れる」と書いてくださったのは、作品づくりの根っこにあるその感覚が、ちゃんと届いていた証だと感じています。
自己主張しない、けれど確かに在る。目立たないけれど、あるべき場所に静かに収まる。作品にとってそれは、私にとってのひとつの理想の姿でもあります。
作品を、暮らしに迎えるということ
書は、展示会場で一度出会って終わるものではなく、その方の暮らしのなかで長く息づいていくものです。
朝、目が合う。夕方、光の入り方でまた違って見える。季節が変わると、また違う表情になる。そういう時間を重ねていただける作品でありたい、と願いながら書いています。
寺田さんの文章から、その願いが少しずつでも届いていることを教えていただきました。ここに紹介させていただけたことに、感謝しています。
このテーマについては、動画でもお話ししています。よろしければあわせてご覧ください。
レインボー般若心経の作品は「レインボー般若心経の作品一覧」からご覧いただけます。ご自宅のどの場所に飾ろうか、と想像しながら選んでいただく時間そのものが、作品との対話のはじまりだと思っています。
寺田さん、あたたかな文章をありがとうございました。
【原文】寺田真理さんのブログより
寺田真理です。
書の世界は白と黒の世界。
水墨画も墨の色の濃淡で表現します。
それが当たり前の世界。と思っていました。
パリから生まれた色彩の軌跡
佐藤清景さんがパリに出展される時に誕生した、レインボー般若心経。
絵画のような墨色の世界に驚きつつも惹き込まれました。
そこから数々のレインボー般若心経、カラー般若心経が誕生しました。
今春の展示会の時に作品をじっくり眺める機会がありました。
「この色合いは、どこから発想を得るんだろう」
常々感じていた疑問でした。
例えばこちらの、右上のピンクと赤の作品。。
わたしの第一印象は「大胆!」でした。
でも、色々お話しを伺う中で清景さんが小鳥が、お好きなことを知りました。
そして、ふと開いたインスタで、この子を発見した時にパズルのピースのようにピタッと一致しました。
ピンクロビンの画像
※著作権の関係で画像は掲載しておりません。「ピンクロビン」で検索すると実際の鳥をご覧いただけます。
地球が生み出す色と書の融合。
作品の色合いは、地球が生み出す色合いと同じなんだ。
と気付きました。
そうやって見ていくと
展示会の空間が南国の鳥や花々が咲き乱れる世界でもあり、
ヨーロッパの高原に咲く可憐な花々でもあり
ベランダに来る鳥や歩いている時に、見かける蝶々と同じ世界でした。
ただ眺める。「レインボー般若心経」展示会で得た心地よさ
ただ、在る世界をそのままを見たら良いんだ、と感じたら
展示会の空間はとても穏やかで心地良い世界でした。
書いてあるものを、どう理解しないといけないか
とか
般若心経だから、このように理解しなければいけない。ということは一切不要だと気付きました。
何も考えずに眺めているだけで良い空間がある。
素敵だと思いませんか?^ ^
こちらはわたしの部屋にある作品です。
黄色の枠は母にと金時いもさんと命名しました。
レインボー般若心経も金時いもさんも
人が手がけるものは、その方の意思が強いと部屋に置いた時にノイズのように自己主張する時があります。
そうなると部屋に置けないです。
疲れます。
でも、清景さんの作品はどこに置いても「自然に」馴染みます。部屋に馴染んで、毎日眺めていても
新鮮な気持ちになります。
眺めていると部屋に穏やかな時間が流れます。
自分に向き合う時間が作れます。
※ 以前ご自身のブログに掲載されていた文章を、ご本人の許可を得て掲載しています


