「レインボー般若心経」という言葉を、はじめて聞いたときに、みなさんはどんな作品を思い浮かべられるでしょうか。
書といえば白と黒。墨の濃淡で描く世界。そう思われる方が多いと思います。私自身、長く書に携わってきたなかで、そう思ってきた時間がずっとありました。
そんな私が、色墨で般若心経を書くようになった。そこから生まれたのが「レインボー般若心経」と呼ばれる一連の作品群です。
このページでは、レインボー般若心経とは何か、どんな背景で生まれたのか、そしてどんな想いで書いているのかを、あらためてお伝えしたいと思います。
レインボー般若心経とは
レインボー般若心経は、二百六十二文字の般若心経を、色墨で書き上げた書の作品です。
伝統的な墨の濃淡ではなく、多彩な色の墨を用いて、経典の一文字ずつに色を与えていく。時に一枚のなかに虹のような色彩が広がることから、「レインボー」という名前を使うようにしました。
似た表現として「カラー般若心経」という言葉もあります。両方とも色を用いた般若心経ですが、レインボー般若心経はとくに、多色が響き合うように配置された作品を指しています。
書の伝統のなかにいらした方ほど、はじめてご覧になると驚かれる作品です。しかし、驚きの中で「惹き込まれた」と感じてくださる方が、少しずつ増えてきています。
2022年、東京から国際舞台へ|作品群の出発点
レインボー般若心経が本格的に姿を現したのは、2022年のことでした。
同年、東京のギャラリーyururi にて、初めての「レインボー般若心経展」を開催しました。それまで少しずつ書き溜めてきた色墨の作品群を、一つの展示として世に出した場です。
そして同じ2022年、フランス・パリで開催された「ジャパンエキスポ」に招待出展の機会をいただき、現地での展示販売にも参加させていただきました。国際舞台への初出展でした。
海外の方に、日本の書を届けたい。しかし、漢字が読めない方にも、この経典が持つ静けさや深さを感じていただくには、どうしたらいいだろう。そう考えたときに、私のなかで「色」というひとつの答えが浮かんできました。
読めなくても、感じられる書。意味がわからなくても、その空間に佇めば何かが伝わる書。伝統的な白と黒の世界を大切にしながら、そこにもう一つの入り口を用意する。そのために選んだのが、色墨という表現でした。
パリのジャパンエキスポで、書の伝統を知らない方々が、じっと立ち止まって作品を眺めてくださる姿を見たことを、今でも覚えています。言葉を超えて何かが伝わっている、と感じた瞬間でした。
そこから、日本国内でもレインボー般若心経を継続して展開するようになり、少しずつご縁のある方のもとにお届けする作品群として育ってきました。
なぜ「色」で書くのか
「なぜ、あえて色で書くのですか」というご質問をよくいただきます。
書は、伝統的には墨の濃淡で世界を描いてきました。その伝統は素晴らしいものですし、私自身、白と黒の書も書き続けています。ただ、色墨で書くことにも、独自の意味があると感じてきました。
一つは、経典の言葉の響きが、色によって立ち上がってくるということ。「観自在菩薩」という文字と、「色即是空」という文字は、同じ墨で書いても違う響きを持っています。それを色で分けて表現することで、経典のなかにある無数のリズムが、目で追える形になります。
もう一つは、色そのものが持つ祈りの深さです。青には青の、赤には赤の、金には金の、それぞれ人が古くから感じてきた祈りの記憶があります。色を経典と重ねることで、その両方が響き合う。そういう作品を目指してきました。
寺田真理さんという生徒さんが、以前ブログで「作品の色合いは、地球が生み出す色合いと同じ」と書いてくださったことがあります。私自身、作品の色を計算して選んでいる感覚はあまりありません。書きたい響きに導かれて筆を選び、色墨を選んでいく。そのなかで、自然に落ち着くところに色が落ち着いていきます。
色墨という選択肢
色墨は、伝統的な墨に顔料や染料を加えた墨で、書道の世界では古くから使われてきた素材です。決して新しいものではありません。
ただ、経典を色墨で書き上げるという試みは、日本の書の伝統のなかではあまり見られなかった表現です。私自身、色墨と向き合いながら、この素材が持つ可能性を探ってきました。
色墨は扱いが繊細です。乾いたときの発色が濡れているときと違うことがあり、紙との相性でも表情が変わります。一つの作品を仕上げるのに、通常の墨より時間がかかることも多くあります。
その分、書き上がった作品には、色墨でしか表現できない深みが宿ります。厚みのある色、透明感のある色、光を受けて微かに変化する色。伝統の書のなかに新しい景色を差し込むような、そんな感覚があります。
暮らしのなかで生きる作品として
私が作品を書くときに、いつも心に置いているのは「日常に溶け込み、愛でていただける書」ということです。
書は、展示会場で一度出会って終わるものではなく、その方の暮らしのなかで長く息づいていくものです。朝、目が合う。夕方、光の入り方でまた違って見える。季節が変わると、また違う表情になる。そういう時間を重ねていただける作品でありたい、と願いながら書いています。
自己主張しない、けれど確かに在る。目立たないけれど、あるべき場所に静かに収まる。作品にとってそれは、私にとってひとつの理想の姿でもあります。
レインボー般若心経は色彩を持ちますが、決して部屋のなかで主張しすぎる作品ではありません。色を持ちながらも、置いた場所に馴染む。派手さと静けさの両方を持つこと。それが、この作品群を通じて追求してきたことでもあります。
作品との出会い方
レインボー般若心経の作品は「レインボー般若心経の作品一覧」からご覧いただけます。
作品ごとに、色の組み合わせ、サイズ、額装のかたちが違います。ご自宅のどの場所に飾ろうか、どんな色合いが暮らしと響き合うか、想像しながら選んでいただく時間そのものが、作品との対話のはじまりだと思っています。
一点一点の背景をより深く知っていただくための記事も、少しずつ書き足していく予定です。作品の色の意味について、額装の選び方について、飾る場所についてなど、これから作品をお迎えいただく方の助けになるようなことを綴っていきます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。作品と、どこかでゆっくり出会っていただけることを願っています。
